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ナッソーバハマクルーズで訪れる黒人奴隷史跡

  • 2014年8月18日
  • 投稿者:チャールズ・フィッシャー
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「聖なる空間」アントニウス・ロバーツ作

多くの旅行者にとってナッソーは、ストローマーケットでのショッピングや、セニョールフロッグスでのドリンクを楽しみつつ、ビーチで過ごす場所というのが通例でしょう。バハマクルーズで訪れるこの港は、文化的、歴史的意義ではあまり知られていませんが、1日をビーチで過ごす代わりに、熱帯の新世界におけるアフリカ人奴隷解放の歴史に触れる旅に出ることもできます。

まずは、クルーズの港から数ブロックという便利な場所にある奴隷交易所跡のポンペイ奴隷解放博物館を訪れてみましょう。 1760年代に物や奴隷の市場として建てられたこの博物館では、バハマの奴隷の生活がどのようなものであったか知ることができるほか、中間航路や、ヨーロッパの奴隷船での悪夢のような大西洋横断の旅、大英帝国による1834年の解放に関する情報が展示されています。

ナッソーのダウンタウンにある博物館の後は、クリフトンパークのワイリー農園を目指し、タクシーやスクーターで西に向かいましょう。 この国立公園は、アメリカ独立戦争での損失により失敗した英国王党派により運営されていた農園の一部であり、奴隷を収容していた石造りの建物の遺跡があります。 現在この遺跡は案内もなく放置されていますが、バハマ政府は、農園での生活に関心を持つ観光客のために一帯を復元しようとしています。

クリフトンパークの近くには、 アントニウス・ロバーツが制作した「聖なる空間」があります。 堂々としたアフリカ人の木像が建ち並ぶこの庭園は、ナッソーの人々のアフリカの祖先とその歴史に対するオマージュとして2006年に造られました。 像の顔はアフリカ大陸のある東を向き、「聖なる空間」はバハマに連れてこられた最初の奴隷が降ろされたニュープロビデンス島の南西の方に位置しています。

一日の締めくくりはアデレード村です。 大英帝国により作られたこの村は、奴隷解放で自由になった奴隷たちの最初の入植地のひとつでした。 今日では、1830年代に解放された奴隷たちによって建てられた教会を中心とした小さな田舎の農村となっています。 この村は、まだ奴隷制度が深く浸透している大国の沖にある、黒人が住民の大半を占める地域で、はるか遠い土地から連れてこられた奴隷がその土地の所有者やリーダーになったという、バハマにおけるアフリカ民族の窮状の大きな転換を象徴しています。

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投稿者について

生まれも育ちもニュージャージー州のチャールズは、旅行が好きです。 チャールズの旅は、著名な旅行家リック・スティーブのガイドなどには頼らず、マイアミビーチの自宅に帰るまでに、ちょっとした冒険と地域の文化を楽しむことです。夢のバケーションは、ベイルートに1か月ほどアパートを借りて住み、アラビア料理や語学のレッスンを受けながら過ごすこと。

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