夢のクルーズの体験、ひらめき、そして再び。
ノルウェージャンクルーズライン
オフィシャル旅行ブログ

美しいカリブ海の島々。しかし、かつては暴れ者の海賊たちであふれていました。 当時はピース・オブ・エイト(8枚分の価値の銀貨)や埋もれた財宝がすべてを仕切っていた時代。 「ウォーク・ザ・プランク(板歩きの刑)」や「シバー・ミー・ティンバー!(なんてこった!:予想外の惨事)」などは日常茶飯事でした。 −「ヨーホーホー、ラム酒を一本」。 今回は、そんなカリブ海の海賊のなかでも有名な人物たちをご紹介します。

まずは、ウェールズの私掠船船長、キャプテン・ヘンリー・モーガン。カリブ海のスペイン人入植地で人々を恐怖に陥れた人物です。 拠点のジャマイカから各地に繰り出してはキューバ、パナマ、ベネズエラなどの入植地で大暴れしました。 スペイン人兵士たちは彼の名を聞くだけで、任務も忘れて逃げ出してしまったというほど。 頂点を極めた頃には海賊2,000人、36籍の船を指揮していました。 引退してイギリスに戻ったときには伝説のヒーローとして迎えられ、国王からナイトの称号が贈られています。 その後は、ジャマイカの総督として生涯を過ごしました。 彼の名は今でもキャプテン・モーガン・スパイスドラム(酒)となって語り継がれています。

次に、悪評高いエドワード・ティーチ。「黒ひげ」でも知られ、用心深いカリブ海の船乗りたちに恐れられていました。 長く生やした黒いひげをだらしなくいくつもに編み込み、帽子に燃えているものを結び付けておぞましいイメージを人々に植え付けていたという話は有名です。 カリブ海を航海していた船乗りたちは、彼の姿を見ただけで船を明け渡して投降したものでした。 彼が拠点にしたのは現在のナッソーの中心地で、当時は無法状態にあったバハマのニュープロビデンス島。 そこからマルティニークやアンギラ、ドミニカ共和国グランドケイマンなどの港に渡って海賊行為を繰り返しました。 最終的にノースカロライナ沖のオクラコーク島で捕らえられ、斬首刑となっています。 頭を切り落とされた体は、水面に浮かんだまま自分の船の周りを2周回ってからやっと沈んだという言い伝えも。 ピース・オブ・エイトが見つかるかもしれませんので、どうぞご注意ください。 黒ひげは、領地のどこかに財宝を埋めたのではないかとも言われています。 また映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」でも、彼はキャプテン・ジャック・スパロウのインスピレーションを駆り立てる人物として描かれています。

黒ひげの財宝

活躍したのは男性だけではありません。 アン・ボニー は数少ない女性の海賊です。 彼女が最初に手をつけたのは当時は海賊共和国と呼ばれていたナッソーで、そこは犯罪者たちが牛耳る悪の巣窟でした。 アンは「キャラコ・ジャック」ことジョン・ラカムと出会い、結婚しています。 アンは男装することが多く、残虐な男性の海賊と同じように無慈悲で危険な人物だったといいます。 アンとラカムは、ジャマイカとキューバの間を往来しながら貨物船を相手に略奪行為を働きました。 やがて海賊たちは捕えられ、ラカムは絞首台にかけられます。 一方アンは、妊娠していると訴えて刑を逃れました。 その後、海賊稼業をあきらめたアンはサウスカロライナ州のチャールストンに移り、静かな余生を送っています。でも、きっと冒険を夢見ていたことでしょう。

そして、バーソロミュー・ロバーツ。ブラック・バートの名でも知られる、カリブ海の海賊のなかで最も成功した人物です。 手中にした船は400籍を上回ります。 非常に冷酷、大胆不敵な性格で、 目についた船は片っ端から攻撃したと言われています。 彼の活動の場はセントルシアとセントバーツでした。海賊行為を阻止するためにバルバドスやマルティニークから船が出ようものなら必ず、島への報復を宣誓したとか。 彼がひるがえした新しい旗には、2つの頭骸骨の上に立つ自身の姿が描かれ、頭骸骨にはそれぞれバルバドス、マルティニークと書かれています。 彼はのちにマルティニークの総督を捕えて、絞首刑にしています。 冷酷だったことで有名なブラック・バートですが、ラム酒より紅茶を好みました。 また「海賊の掟」を作り、賭博禁止、8:00に消灯、口論は決闘で決着する、などといった規則を定めました。 ブラック・バートは小説「宝島」にもほんの少し登場します。